黒煙を吐いて大きな唸り声を上げながら走るディーゼルカーの歩みは遅い。
車体は日本製だが、それは30年以上前のモデルで古く、レールも手入れがされてないのでかなり揺れる。
座席にはクッションもスプリングも無いので、レールの継ぎ目を通過するたびに尻が痛む。
そういえば俺の近くにあるドアが開きっぱなしで走っているのだが、これも暑さ対策なのだろうか・・・。
しばらくはバンコク市内の端っこの方をゆっくりと走っていたが、やがて田舎な風景になってくるとスピードを上げ始めた。
列車が進むにつれて、車窓からの風景はとても首都とは思えないような景色に変わってくる。
まだWongwian Yai駅を出てから15分も経っていないというのに。
昨夜行ったサイアムデパートとは180度異なる景色は、途上国の貧富の差を見る事ができた。
それでも首都圏内のこの辺りに住んでいる人は、まだマシな方なのだろうか。
途中駅も場所によっては面白い事になっていて、プラットホームから寺に直結している駅もあった。
そのような場合はたいてい駅名に「Wat(寺)」が冠されていた。
8:35Wongwian Yai駅を出発、9:28Mahachai駅到着予定。
Mahachai駅から数分歩いた所にある船着場から船で川を渡り、そこから約10分歩いてBanleam駅まで行き再び列車に乗る。
Banleam駅から出る列車の発車時刻は10:10となっている。
これを逃すと列車は午後まで無いので、何としてもこの列車に乗らなければならない。
が、Mahachai駅へ到着したのは10:00を回っていた。
これから船着場を探して渡し舟で川を渡り、そこからさらにBanleam駅を歩いて探すのを5分で終える事は絶対に不可能だ。
どう頑張っても無理だ。
なぜこんなに遅れたのか。
Wongwian Yai駅は定刻どおりに出発していたが、途中何度かすれ違った交換でずいぶんと停車していたからだ。
そのうちの1回は20分以上も停車していて、その時は交換時間も含めて約1時間だと思っていた。
ところが実際は30分以上の大遅延だ。
しかしもう10:10 Banleam発の列車に乗るのは諦めたので、とりあえず船着場を探す事にした。
Googlemapで予習してきて正解だった。
人ごみ賑わう雑踏の中を、Googlemapのストリートビューの風景と実際の看板等を頭の中で照らし合わせながら進と、迷う事無く5分ほどで船着場へ到着する事ができた。
船着場の入り口で乗船賃の5BTを払う。
そこから桟橋に向かうと、船が停泊しているのが見えた。
そして・・・なんと目の前で船が出発!
冗談じゃない! これを逃すと次の船はいつになるのかわかったもんじゃない!!
逃してたまるか!!!!!!!!!!11
船は桟橋からゆっくりと離れていく。
50cm・・・70cm・・・1m・・・。
日本では絶対にやらないし、やらせてもらえない。
気が付くと俺は宙に舞っていて、動いている船に勢いよく飛び乗っていた。
近くにいた乗客達が一斉にこちらに振り向いたが、船員を含め誰からも咎められはしなかった。
船は3分程で対岸に到着した。
10:10なんてとっくに過ぎているが、一緒に乗船していた白人バックパッカー数組はまだ諦めていないらしく、重そうなバックパックを背負いながら下船と同時に走り出した。
もちろん俺はこの炎天下の中を全力疾走するほど無駄な事は無いと思ったので、走るわけがない。
どう考えても間に合わないのにバカな奴らだなぁ・・・と思いながらその光景を後ろから眺めていたが、Banleam駅までの道程はこいつらの後ろを歩いて行こうと考えていただけに誤算が生じた。
Banleam駅周辺はストリートビューも無く、地図で見てもイマイチはっきりしない為、迷わず辿り着ける自信は無い。
とりあえずアホなパッカーが走り出した方向へと、俺も歩き出した。
街の様子は、川の向こう側のMahachaiよりこっちの方がさらにローカルな雰囲気が出ていて、商店は船着場内とその近辺に少しあるだけだ。
駅までの徒歩10分の道程は意外に遠い。
船着場から5分も歩くと道の両側にあった商店も途切れ民家ばかりになり、学校も一棟建っていた。
近くに駅があるような気配は微塵も無い。
これは・・・迷ったか?
迷うような道順ではないのだが、こうも列車の気配が無いというのは不安になってくる。
印刷してきたGooglemapを見ながら歩いていると、バイクに乗ったおっちゃんが声を掛けてきた。
ちょうどいいので駅までの道を尋ねると、説明してくれたのだがイマイチ英語が分かり難い。
分かったような分かってないような顔をしていると、おっちゃんが「後ろに乗りな!」と合図をしてきた。
金は払わないぞ! と思いながらもバイクの後ろに座る俺。
でもこのおっちゃん、バイクタクシーの運転手が身に付けるベストを着用しているので、合法的に料金を請求してくるかもしれない・・・。
などと少し不安を感じつつも、バイクで感じる風が気持ちいい。
そして走り出して3分も経たないうちに「あれが駅だ」と言って前方を指し、ホームの中まで乗り入れてくれた。
これは分からん!!
こんな所に駅があるなんて誰がわかるか! 地元民くらいしか知らないのではないか? と思うくらい、地味にひっそりと駅は建っていた。
駅は民家の裏手にあって草に囲まれているので、旅行者はかなり入念に調べていないと絶対に分からないような立地にあった。
バイクのおっちゃんは金を請求してこなかった。
超近距離だからか、それとも純粋な親切心か。
とにかく感謝。 礼を述べて駅舎のチケット売り場へと向かった。
チケット売り場の付近には、先程船着場から猛ダッシュした白人バックパッカーもいた。
やはり間に合わなかったようだ。 まぁ当然だ。
チケット売り場で行き先を告げ切符を購入。 10BT。
チケットを見るとそこには"10:10 Banleam発"と書いてある。
ん? 駅舎の目の前に列車が停まっているのでこの列車に乗るのだろうか?
駅員に聞いてみると、これから列車が来るからそれに乗れとの事。
なんだ・・・10:10発の列車は、まだ発車どころか到着すらしてなかったのか。
心配して損したぜ。 白人パッカーなんて全力で走ったのにな。
まぁMahachai到着も30分以上遅れたし、途上国ではこんな事日常茶飯事か。
ふと、頭の中にはこれが思い浮かんだ。
列車はいつ来るか分からない。
近くにはレストランも娯楽施設も無い本当の田舎なので、体力を消耗しないように日陰で過ごす事にした。
この駅はWongwian Yai駅やMahachai駅とは違ってプラットホームに商店も無い。
その代わり民家がある。
家の前にはちゃんと住所板も付けられていて、開け放した玄関のドアからは住民の生活を覗き見る事ができる。
駅直結で徒歩0分の好立地だが、果たしてこれは利便性が高いと言えるのだろうか。
複数ある民家で1件だけ、玄関前にジュースやスナックを並べてままごとのような露天があったが、酒は売ってなさそうだしジュースも炎天下に放置状態の様子だったので買うのは控えた。
それにしても本当に田舎だ。
ホームには野良か飼い犬か不明な犬が闊歩し、線路上には鶏もいる。
あれは食用なのだろうか。
そしてこの停まっている列車は動く事はないのだろうか。
いつになったら市場へ行く列車がやってくるのだろうか。
Banleam駅30分が経過し、時刻は11時を回った。
時刻表なんて眺めてるだけ無駄だ。
そう思いながらただひたすら待っていると、轟音を上げながら1本の列車が入線してきた。
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