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 13.05.05 微笑みの寺

The Bridge on The River Kwai

バスの中はほぼ満席だった。
車内の奥へと進むと、ちょうど2つの座席が並びで空いているのを発見したので、窓側の座席へ座った。
車内は冷房が効いてとても気持ちがいい。

発車予定時刻を少し過ぎて、バスは走り出した。
しばらくすると女性乗務員が検札に来て乗客全員のチケットを確認すると、今度はペットボトルの水を配り始めた。
これはありがたいサービスだ。
日記を書こうと思ったが、揺れが酷いので諦めて車窓を眺めていると次第に眠りに落ちていった。

どれくらい経ったのだろうか。
気が付くと車内の乗客は半分くらいになっていた。
もうカンチャナブリを過ぎてしまったのだろうか。
いや、あそこは終点のはずだが・・・。

時計を見ると出発してから2時間が経過していたが、到着予定時刻はあと30分もある。
目が覚めてしまったので車内の様子を伺っていると、ところどころで停まって乗客が降りていく。
たまーに乗ってくる客もいるが、ほとんどが下車する客ばかりだ。

そうか。 このバスは観光地に向かうバスではあるが、乗っている客は全員が観光客ではないのだ。
半分以上の客は戦場にかける橋には関係ない現地人なのだ。
その証拠に、自分の後ろの席に座っている白人の家族3人は今でも乗っている。
彼らは間違いなく戦場にかける橋にいくはずだ。

そして当初の予定通り、2時間半強でカンチャナブリのバスターミナルへ到着した。
バスがターミナルに入った時、外にいた一人のおっさんと目が合った。

さてこれから戦場にかける橋までどうやって行くか。
バスチケットを購入した時にもらったカンチャナブリのパンフレットに付いていたマップを見ると、バスターミナルから戦場にかける橋へはかなり離れているようだ。
マップには縮尺が書かれていないので正確な距離は分からないが、ギリギリ歩けなくもなさそうだ。
しかもネットでは徒歩で戦場にかける橋まで行ったという日記もあったし、歩いて行く事も可能なのだろう。ただし、道さえ迷わなければ。
マップを見ると迷わなさそうな感じではあるが、万が一迷うとこの炎天下を歩き続ける羽目になる。

バスを降りて10歩ほど歩くとさっそく客引きがやって来た。
タクシーかトゥクトゥクかどちらかの運転手であろうおっちゃんは、俺が持っているカンチャナブリのマップと同じものをちらつかせながら近づいてきた。
そしてそれを軽くあしらう俺。
旅行素人じゃないから、あしらいかたも華麗なものだ。
客引きのおっちゃんもこんな事は日常茶飯事なのだろう。 あっさりと諦めた。 ベトナムだとこうはいかない。
しかしその時の悲しそうなおっちゃんの目が脳裏に焼きついてしまった。

近くにあったカンチャナブリの大きな立て看板が目に入ったので、自分の持っているマップと見比べて戦場にかける橋までのルートを照らし合わせてみる。
やはり少し距離があるのでどうするべきかと考えていた時、さっき断った客引きのおっちゃんが別のおっさんを連れて俺のところへとやって来た。
なんだよ、諦めてなかったのか。
今回も軽くあしらおうとすると、連れてこられたおっさんが俺に英語で交渉してきた。

ふむふむ、往復300BT? 高い! このマップを巡ってくれるって? それならけっこうお得な気がする。
マップには戦場にかける橋の他にも、資料館や博物館などがいくつか書かれていたが、しかし俺は全く興味が無いのでそんなところへは行かなくていいのだ。
それに日帰りだし、今から全部を巡っている時間など無い。

俺は戦場にかける橋までの片道だけでいいと言うと、片道なら150BT、往復なら200BTと持ちかけてきた。
おっさんが持っているマップを見ると、バスターミナルから戦場へかける橋までは5kmと書かれていた。
タクシーなら渋滞にはまらなければ片道80BTくらいだろう。
仮に渋滞に巻き込まれて100BTかかったとして、復路もタクシーをつかまえてで200BT。
そう考えるとふっかけているわけでもなさそうだ。
しかも往復でタクシーをつかまえる手間と、おっさんが戦場にかける橋で俺を待っている時間の事を考えると、決して損はしていない。

という事で、交渉は成立した。
連れてこられたおっさんはただの通訳らしく、結局は最初のおっちゃんのに乗る事になった。
このおっちゃん、英語が全く喋れないようだけど、コミュニケーションは取れるんだろうか・・・。
しかし俺が乗る事を決めると、最初に断った時の悲しげな目から一転し、嬉しそうに純粋にキラキラと輝いていた。

おっちゃんの後ろについて案内された先にあったのは、タクシーでもトゥクトゥクでもなくサムローだった。
サムローとはトゥクトゥクの自転車バージョン。
トゥクトゥクはエンジンがあってガソリンを消費して走るが、サムローの動力源は人力で、人間のカロリーを消費して走る。
このおっちゃんが汗水垂らして一生懸命漕いでいるのを、俺は後ろでふんぞり返って、その大変そうな背中を眺めていればいいだけなのだ。

しかしこれだとどれだけ時間がかかるんだ?
やはり快適さや速さを求めるのなら、動力源は人力ではなくエンジンの方がいい。
今更断る事もできないので、若干顔が引きつり気味になった俺の気持ちなどよそに、おっちゃんは後ろの椅子をバンバンと2回叩き、俺に「乗れ」の合図をする。

初老のおっちゃんが漕ぐチャリンコタクシーはゆっくりと走り出した。
一応車道を走っていたので排気ガスが心配だったが、渋滞も発生してなかった事もありたいして気にならなかった。

サムローのおっちゃん サムローのおっちゃん

必死にチャリを漕いでるおっちゃんの背中を眺めていると、おっちゃんの悲しさばかりが頭に浮かんできた。
穴の開いたボロボロでヨレているTシャツ。 背中に滲む汗。 履き古した短パンとビーチサンダル。 首には手ぬぐいをかけていて、時折それで流れてくる汗をぬぐっている。
一日何人を乗せることができるのだろうか。

当然他の車やバイクには抜かされまくりだが、ゆっくりとした自転車の風も気持ちがいい。
たまにペースダウンする事もあるが、そこはご愛嬌。
おっちゃんは俺の座っている後ろを振り向く事は決して無いが、必死に漕いでいる姿を見ると応援したくなる。

カンチャナブリの街並み カンチャナブリの街並み

こうしておっちゃんの頑張りによって戦場にかける橋に到着した。
所要時間は30分といったところか。
実際には5kmもなかっただろうが、それでも3~4kmはあったので、この暑さの中は歩けない。
英語の通じないおっちゃんに「小一時間見て周ってくるよ」と英語で言う。 だって俺もタイ語は喋れないからしょうがない。
おっちゃんを待たせてその場を後にした。

戦場にかける橋 戦場にかける橋
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