機内では隣のおっさんとの熾烈な肘掛取り合戦を繰り広げた。
ミネラルヲーター1本の機内サービスを受け、1時間強で無事ハノイに到着した。
時刻は23:20。 荷物を受け取ったり一服したりしていると、あっという間に0時前になってしまった。
本当は空港で両替をしようと思っていたのだが、深夜なのでもちろん全ての店が閉店している。
そしてやってくるタクシーの客引き。
ホテルの予約などとってないし、金もあまり無いので空港で夜を明かそうと思っていたが、なんだかそれも無理そうだ。
市内まで行けば適当な安宿か野宿に適した場所が見つかると思い、とりあえず向かう事にした。
市内のどこに行けばいいのか、名称なんてホアンキエム湖くらいしか知らない。
タクシーの運転手にはシンカフェへ向かってもらう事にした。
ハノイ市内にもホーチミン市と同様シンカフェが2箇所あるようだが、シンカフェならば街の中心に位置しているだろう。
タクシーで揺られる事30~40分。
市内まで随分遠いな・・・まさか遠回りしてるんじゃないだろうな? と疑いが出てきた頃、タクシーは大きな幹線道路から反れて狭い路地を走り出した。
そしてしばらく彷徨っているように感じていると、シンカフェ前に到着した。
タクシーを降りた俺は今夜これからどうするかを考え始めた。
シンカフェ付近はかなりごちゃごちゃしていて、ホテルや飲食店、商店などが立ち並んでいたが、深夜なのでほとんどの店はシャッターを下ろし、通りには人影も無かった。
ただ時折、酔っ払い観光客らしき輩の大声が聞こえてきたりした。
今居る場所はシンカフェ前というのは分かるが、市内のどこに居るのかなんて全く分からない。
地図も持ってなければ、目印になるような大きなデパートや公園なども近くに無い。
まずは公園を探そう。 そして手頃な公園だったらそこで野宿しようと思い、雑多な街を歩き始めた。
ハノイは涼しい・・・。
歩き始めてすぐにそう思った。
ホーチミンから北へ約1500km移動した事によって、気候もずいぶんと変化したようだ。
歩き始めてから5秒後、暗闇の中から「ホテル・・・ホテル・・・」という声が後ろから聞こえた。
うわーっ・・・うっぜー・・・やべー・・・こえー・・・。
一瞬身体がすくんだが、絶対に振り返ってはいけないと思い、聞こえないフリをして歩き続けた。
現在0:30。 まさに深夜の丑三つ時に、人通りの無い道での後ろから聞こえてくる声の恐怖さは、文字では表現のしようがない。
「ホテル・・・ホテル・・・」
この声の主はきっと俺がタクシーを降りるところを見ていて、そこからずっと目を付けていたに違いない。
といっても、実際はタクシーを降りてからまだ1分かそこらの時間しか経過してないが、荷物を持ってタクシーを降りた俺は奴にとって絶好の獲物なわけだ。
昼間に声を掛けられたなら話くらい聞いてみてもいいかという気になるかもしれないが、今この状況下では話どころか顔も見たくない。
さっさと諦めて消えてくれ!
「ホテル・・・ホテル・・・」の声に、振り返らずに「No!」を連呼する。
それでも諦めずに声は聞こえてくる。
「ホテル・・・ホテル・・・15$・・・」
なにっ!? それは安い。
思わず振り返ってしまった。
声の主の顔を確認しようとしたが暗闇でよく分からない。 が、典型的な東南アジア顔のようだ。
「こっちだよ・・・こっち・・・」
「おい、本当に15$なんだろうな!? シングルだろうな!?」
「こっち・・・こっち・・・」
「おい、歩くのはえーよ!! どこまで行くんだ!? ホテルはどこだ!?」
「こっちだよ・・・」
こうしてまたまた怪しげな人物に付いて行ってしまった。
東南アジア顔の男は足早に歩く。 お世辞にも人相がいいとは言えないし、こんな時間に声を掛けてくるなんて怪しさ全開だ。
タクシーから降りた後に歩いた道を戻るようにして進み、シンカフェの前を通り過ぎさらに進む事5秒。
つまりタクシーを降りた場所の斜め前の建物に男は入っていった。
CLASSIC2 HOTELと言う名の宿の従業員だったらしく、とりあえずこの男は怪しい奴ではなかった。
しかしまだ安心はできない。
本当にこの男を信用していいのか、本当に15$なのか、部屋はまともなのか。
「201号室だよ・・・」
「おい、まず部屋を見せてくれ。 泊まるかどうかはその後に決める。」
「分かったよ、おいで・・・おいで・・・15$だよ・・・」
「こういう部屋だよ、どう・・・。 エアコンつけるね・・・パワー全開でつけるね・・・」
「おーこれで1泊15$なら安いな。 エアコンあり、綺麗ではないが風呂には浴槽もあり、と。」
「15$だよ・・・」
「VNDだといくらだ?」
「300,000ドンだよ・・・」
「よし、本当だな!? じゃぁ2泊する。 600,000ドンだな!!?」
「30$だよ・・・」
「おいおい、俺はアメリカ人じゃないんだからドルで言うなよ、ドンで言ってくれ。」
深夜1:00過ぎ、CLASSIC2 HOTELという名の宿にチェックイン。
決め手は値段だが、室内の無駄な広さ、浴槽、エアコン、清潔な布団など。
ホーチミンで泊まったホテルには無かったアメニティも充実していた。
それにシンカフェが目の前にあるという事は、市内の中心かもしれない。
東南アジア顔の客引きは、
「ベリーコールド・・・ベリーベリーコールド・・・」
と言いながらエアコンの温度設定を18度の強風にして部屋を出て行った。
とりあえず3日ぶりのシャワーを浴び、洗濯をする。
そして日記を書きながら眠りについた。
これも3日ぶりのベッドだった。
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