一発やり終えた後は、女に別れの挨拶もしないままチューのバイクに乗った。
結構お喋りでノリがよかったけど、結局名前も分からないままの別れとなった。
どうやら次はチューの家に行くらしいが、俺は本当に帰りたくてしょうがなかった。
クソ暑い中バイクで延々と走る。
10分・・・15分・・・20分・・・かなりの距離だ。 これは帰りが面倒くさいぞ・・・。
途中、幹線道路沿いの商店でチューが何か食事を購入。
そこからさらに5分ほど走り、大通り沿いから反れて路地に入っていくと、そこはもうベトナムの一般層の家が立ち並んでいた。
狭い路地が入り組んでいて、道は舗装されてない。
軒先には老人や若者が座っていて、お喋りしたりボーっとしたりしている。
遊んでいる子供たちもいる。
入り組んだ路地の袋小路でバイクは停車した。
さすがにもうここまで来たら後に引く事はできない・・・どうにでもなれ。
これがベトナムの一般民家なのだろう。
しかしそこはチューの家ではなく、チューの従兄弟の家だった。
中に通されて玄関を入ると、いきなり居間になっている。
居間といってもベトナム式なので、地べたに料理が並べられていて、料理を囲むように身内一堂が座って酒盛りが開催されていた。
全部で8~9人くらいいる。
こいつらはいつも真昼間から酒盛りしてんのか・・・と思ったが、今日は土曜日と終戦記念日が重なったからだと後から知った。
見るからに衛生的とは言えないその環境と料理は、どう頑張ってもお世辞でも美味そうとは言えない。
しかし、ベトナム人の一般家庭の一般料理なんて食える機会なんて滅多に無い。
これは貴重な体験だと思ったら、不衛生でも臭くても余裕で食える。
ところで、このチューの身内一同、見事なまでに悪人面が勢ぞろいしている。
そしてやはり真っ当な職に就いている者なんていないようで、サッカー賭博のディーラー、怪しげな貴金属の販売人、バイクタクシーの運転手などなど。
そしてチューは白ガイドとくれば、やはり類は友を呼ぶと言うべきか、遺伝と言うべきか。
しかし職業や顔つきとは裏腹に、みんなが料理も酒もどんどん勧めて来る。
こいつらは全員ベトナム語で話してるから何を喋ってるのか全く分からないけど、俺には笑いながらどんどん飲め、どんどん食えと言っている。
酒はビールに氷を入れて飲むのがベトナム式。
とりあえず床に並べられた料理を全種類順番に食ってみた。
まず茹でたニワトリのぶつ切り。
香油をつけて食え、と勧められるままに食ってみたがそんなに美味しくはなかったので、塩をつけて食ってみたらそれなりに美味しかった。
多分本当にニワトリの羽をむしって茹でてぶつ切りにしただけだろうから、かなり強い臭みがある。
食えない事はないが臭い。 玄関前やあちこちにニワトリが放し飼いになっていたから、きっとそいつらを絞めたのだろう。
お次はバナナの葉とキャベツを和えたサラダのようなもの。
バナナの葉なんて日本ではまず食べることはないから、これはかなり貴重な体験だ。
これも先程の香油をつけて食えと勧められたが、この香油がそんなに美味しくない。
きっと普通のゴマ中華ドレッシングならすごく美味かったと思う。
そしてアヒルの卵焼き。
アヒルもニワトリも卵の味自体に大差はないのだろうが、味付けが濃すぎてしょっぱすぎる。
この濃い味好きの俺がしょっぱいと思うくらいだから、一般人が食ったら腎臓病が発症するレベルのしょっぱさ。
なので一切れだけにしといた。
最後にお粥。
普通のお粥で不味くも美味くもないが、逆にそれが安心した。
きっと鮭とかタラコを乗せたらもっと美味かっただろう・・・。
何度も言うが、決して衛生的ではない。
手づかみで氷を掴んでビールに入れてきたその手は、次は足の裏を掻き、そのままニワトリのぶつ切りをまた手づかみで俺に渡してくる。
俺の使っている箸で料理をつまんでいいものか、と思っていた自分がバカらしくなった。
みんながどんどん酒と料理とタバコを進めてくれる気持ちはありがたい。
本当にありがたいのだが、これ以上食えない。
美味しくないとか、臭いとかそういった理由じゃなく、ただ純粋に腹がはち切れそうなんだ。
さっきまでのおっぱぶで散々ビールを飲み続け、そしてここでもビールを飲み続け、さらに料理を食い続け・・・。
俺の腹はもう限界に達している。
そしてまだこの後チューの家に行くと言っているので、俺はこの日どれだけカロリーを摂取する事になるのだろうか・・・。
小一時間愛想笑いを浮かべてやり過ごしていると、見知らぬ現地人が2人入って来たので、彼らと入れ替わりにチューの家へ行く事になった。
再度バイクの後ろに乗り2分ほど狭い路地を走るとチューの家に着いた。
そういえば、この国には飲酒運転を取り締まる法律はないのか?
家には誰も居ないらしく、ちょっと掃除をするからアイスを食って待っててくれと言って、一人で家の中へ入っていった。
ビニールに包まれたバナナアイス。
これは日本には無いぞ!
胡桃だかココナッツだかが混じったそのアイスは、バナナとミルクの味が濃厚でとても美味かった。
しばらくするとチューがもう1個アイスを渡してきた。
いや、もういいよ・・・。腹が爆発しそうでこれ以上入らん。
何度も断ったが、もう少し掃除に時間が掛かるからと言って強引に渡された。 オェップ・・・。
10分ほど外で待っていると掃除が終わったらしく、中に通された。
もう少ししたら奥さんが帰ってくるらしいが、帰ってきてもくれぐれもおっぱぶの話は内緒にしてくれと念を押された。
チューの家はさっきの従兄弟の家よりは外見も中身も綺麗だった。
さっきと同様に、玄関を入るといきなり居間があるのは同じだったが、玄関の外には門があり、居間には豪華な仏壇があった。
そしてこれまた同様に床に飲食物を並べる。
玄関は開け放しているので外からは丸見え。
ここでも近所の人やチューの友人など4、5人がやって来た。
さらにはさっきの従兄弟の家に居たサッカー賭博のディーラーも加わり、奥さんも子供も帰ってきた。
しかし奥さんは宴会に加わる事はなく、ずっと料理の仕度をしていた。
またまた汚い手でライスペーパーの春巻きを包んでくれたのは、チューの嫁の兄。
何種類もの香草、春雨、牛肉を包んだ生春巻きは、たとえ汚い手で包まれたとしてもとても絶品。
そして他の料理も、基本的にはさっきの従兄弟の家より格段に質が高かった。
しかし本当に腹も膀胱も爆発寸前。
さらに〆には奥さんのお手製ベトナム料理(名前は忘れた)を振舞われた。
コンソメ味のスープにマカロニと野菜と豚肉が入っている。
これは本当に・・・腹が減ってればどんなに美味かっただろう・・・。
今はもうただただ苦痛でしかない。。。
そして最後にはベトナムコーヒーのお出まし。
昼間の屋台で飲んだものと全く同じ味で、やっぱりどこで何度飲んでもベトナムのコーヒーは最高。
ものすごく濃厚で甘くて香りが強いこのベトナムコーヒーは、日本の喫茶店で出せば絶対ウケルと思う。
そしてやっとホテルへ帰る時間となった。 PM7時。
その前にチューが今日のガイド料を要求してきた。
50万ドン、最悪100万ドン払えばOKだと思っていたら、何とこのクソヤロウは300万ドンも要求してきた。
ちなみにチューの家の家賃は月300万ドンだそうだ。
ふざけんな! と言うと、待ってましたとばかりにバイクから料金表を出してきた。
持ってるなら最初に会った時に出せや。 そしたら無視して追い払ったのに。
料金表を見てみると、案内料1時間50万ドンと書いてある。
実際にはチューとは8時間以上も一緒に居るので、本来は500万ドンくらい要求したいのだろうが、俺が金を持ってないのは奴自信も知ってる事なので300万ドンにしたのかもしれない。
しかしここで素直に300万ドンも払うほど俺はバカじゃない。
ふざけんな、100万ドンにしろ。
じゃぁ250万ドン!
まだ高い!
じゃぁ200万ドン。
という事で、結局は200万ドンに落ち着いた。
正直に言えば、こいつに200万ドン払うのはそんなに惜しくない。
丸一日色々案内して、さらに飲み食いもしっぱなしで、現地人の家で飯を食うとか本当にツアー旅行では経験できない貴重な事ばかりなので、こいつに払う200万ドンは惜しくないんだよ。
じゃぁ何が惜しいのかって言えば、そりゃぁもう昼間のつまらないおっぱぶしかない・・・。
とりあえず今ここで100万ドンを払い、残りの100万はホテルへ送ってもらってから払う事にした。
チューはしきりに「次回は僕の家へ泊まって!」と連呼していた。
「よし、OK! 友達にも紹介するよ!」と答える俺。
『帰国したらまずmixiや教えてgooの危険トピックや、検索可能なあらゆるサイトにこいつの悪行を書き込んでやる! いや、それよりまずハノイに向けて北上するにあたって安宿に情報ノートがあったらそこに書き込んでやる!!』
いや、すでに情報ノートには誰かが書いてるかもしれない。
それならば俺はそれに追随して、先の情報に信憑性を持たすのが役目だ。
多分こいつは日本人しか相手にしていない。
少しでも被害者が減れば俺の気持ちも多少は晴れる。
帰国後こいつの悪行について調べてみると、今回の手口そのままがWikipediaに掲載されていた。
まさに↓の文章そのままだ。
また、日本人を得意客としているセオムの運転手の多くは、過去に乗せた日本人客に「感謝の言葉」を書かせた手帳を持ち歩き、それを新客に見せることで安心感を誘い、勧誘する[要出典]。この手帳には「○○さんは絶対安心です! ボッタクリはありません」「○○さんには、お世話になりお陰で楽しい思い出になりました」などと書かれ、中には本人の名刺が添付されている場合もある。一年中持ち歩いているため、手帳は擦り切れ、セロテープで補強され、営業の苦労のあとが偲ばれる。しかし、その多くは料金ではボッタクリはなくとも、前述のように料金以外の収入を期待している場合がほとんどである。以上のような理由から観光客には向いていない。
その前に・・・おっぱぶの事は抜きにして、本当にこいつは純粋な悪人なのだろうか。
チューの後ろに乗りホーチミンの中心まで向かってる途中、夜空に発砲音が聞こえた。
今の音は終戦記念日の花火か? と問うと、花火はもっと遅くになってからだよ。 との回答。
「明日は朝早いんだからホテルへ着いたらすぐ寝るんだぞ!」
「次にベトナムに来たら必ず電話してくれ!」
この2つの言葉を、チューは最後まで言い続けていた。
ホテルに着いて残りの金額を支払い、最後に記念撮影をしてチューと別れた。
その後はチューの助言を無視し、連日通ってるカフェレストランへビールを飲みに行った。
氷で割ってないビールが飲みたいから。
いつも店先に立っている若い兄ちゃんは、今夜は俺を見るなり「How are you?」と声を掛けてきた。
これぞ常連って感じだ。 何だかすごくホッとした気持ちになった。
せっかく毎晩通ったこの店も今夜で最後。 明日からは長い北上の旅が待っている。
店を出る時に最後に店頭の兄ちゃんと立ち話をし、少ないけどチップを渡した。
帰りにシンカフェと同じ通りにあるKNTという旅行会社がチラシを配っていた。
チラシを渡される時に、「こんにちは、ツアーよかったらどうぞ!」と日本語で言われた。
ここに日本人従業員が居ると「知っていたら、シンカフェで苦労しながら予約をとるよりこっちにしとけばよかったわ・・・。
どうせ値段なんてたいして変わらないんだし、ひょっとすると日本の旅行者と友達になれるかも知れないし。
ホテルに戻り、明日は早朝にチェックアウトすると伝える。
ここでもいつもの笑顔。 ホッとする。
このホテルは色々と温かい事がたくさんあったホテルだった。
このホテルはいい噂を広めてあげようと思う。
しかし、昨夜までは大人しかったホテルの犬に今日は吠えられたのは非常に残念だった。 |