不安を抱えつつも気を取り直して再出発。
そしてすぐに先程の左折地点、15km/hくらいの超スロー速度で左に曲がる。
2度目、3度目の左折も無事に通過した。
地図では3度目の左折後すぐに高速に乗るようになってるが・・・まさか・・・行き過ぎた?
高速の入り口らしき箇所はあったがあそこでよかったのか!?
しょうがない、誰かに聞くか。
バイクを押して少し戻るとトラックに枯葉を積んでる女性がいたのでその人に尋ねてみる事にした。
・・・しかし近づいてみるとその人は男だという事が分かった。 いいけど。
俺:「ジーロンへ行くにはこの上のフリーウェイに乗ればいいのかい?」
男:「ペラペラペ~ラ バスボンバスボン」
俺:「あわゎ。」
10分以上熱弁を奮っていただろう(向こうが)。 英語圏の人間は英語以外喋ろうとしないから困る。
そしてその場から立ち去り、フリーウェイの入り口にバイクを止め、20分以上悩んだ。
悩んだ挙句フリーウェイへと向かった。 案内標識を見てればなんとかなるだろう。
実はオーストラリアの高速に乗るという事の不安も何も無かった。
というか、不安は思い浮かばなかったわけですねー。
いや、「不安」という言葉をすっかり忘れていたというのが正しいかな。
高速に乗ってから「不安」や「恐怖」という単語が次々に浮かんできて、その時にはもう高速を運転中なわけです。
Magnaでもないし、日本でも高速には乗った事が無いし、道もさっぱり分からないし、標識は英語だし、日本より広いからビュンビュン周りは飛ばしてる。
とりあえず股でタンクをしっかり挟んで姿勢を低くする。
まだここは都心だから、俺の心には少し「安心」という言葉もあった。
しかし英語の標識は脳内で一度日本語に変換しないとならない為、その一瞬が命取りになる事もある。
モタモタするわけにはいかないので、流れに沿って進んでいたら高速を下りてしまった。
高速を走り出してから約10分である。
しまったーっ!!
まー同じ所の反対側からもう一度乗ればいいか・・・。
と簡単に考えていたら、反対車線は中央分離帯に阻まれていて、さらにはトラムや立体交差やらで分けが分からない事になっていた。
またも流れに沿って走っていたら立体交差の橋を渡っていて、どんどんわけの分からない方へ向かっていく。
まー面倒くさいから端折るけど、30分以上無駄にして再度フリーウェイに乗る事になんとか成功した。
ここでGooglemapで位置を確認しよう。
右上のAがメルボルンシティで、左下のBが最終目的地のポートキャンベル。
今思うと、よくこんな大雑把な地図だけで辿り着けたと思う。
フリーウェイに乗ったらまずはGeelongを目指す事にした。
Geelongからはフリーウェイは無くなるので、Great Ocean Roadをひたすら進むだけ。
都心を走っていたフリーウェイもいつの間にか郊外になり、やがては片側4車線の広さに変わった。
周りを見るとビル郡は消え、延々と広がる牧草地帯になっていた。
制限速度は100km/hになっていて、俺もなるべく90~100km/hで走る。 他の車も基本的には法廷速度を守ってるようだ。
程なくして空の色が変わり始める。
青からグレーへ、そして濃いグレーになった。
メルボルンからGeelongまでは約100kmだが、メーターをみるとGeelongまではまだ80km以上ある。
雨が降り出した。 最初はポツポツ。
やがてはザーザー。
はい、ここから3度目の死を覚悟した時間帯に突入です。
速度を80~90km/hに落とし、端の車線に移る。
タイヤが細いから簡単にスリップする。
タンクをきつく挟み、さらに姿勢を低くしてグリップをしっかり握り前だけを見て走った。
都心に比べたらやや交通量は減っている。 もちろんバイクなどみかけない。 もうどんどん勝手に抜かしてくれ。
雨はいつか止む!と心のどこかで期待しながらも、進むにつれてどんどん激しくなる。
空は濃いグレーから黒に変わっていた。
延々と広がる牧草地帯の進む先に、少しでも黒雲の雲間から光が見えれば期待は出来るのだが、見えるのは黒い雲の波ばかり。
見通しが良過ぎるもの困ったものだ。 同様に俺の心の黒雲も晴れる事はなかった。
ちなみにPAやSAなど一切無い。 雨宿りも出来ないし、時計を見る事も出来ない。 走り続けるしかないのだ。
いちばん厄介なのは、雨で体力を奪われる事。 そしてさえぎる物の無い大草原から吹く横風。
何度もいうがこの時期のメルボルンは真冬。 真冬なうえに大雨。 そしてバイクで高速を走れば体力なんてすぐに底を付く。
普通のライダーならば、知らない道を真冬に300kmも走るならバイクジャケットに身を包み、完全装備で挑む所だが、俺は全く違っていた。
日本の冬の週末に会社に行く格好とまったく同じで、ロンティーにダウン、下は普通のズボンにローカットの靴下にスニーカー。
手袋もバイク用でなく、昔クリスマスプレゼントだかにもらった物。
なんという俺・・・。 無謀にも程がある。
タンクをしっかり挟んでないと命取りになるのだが、この冷え切った身体で挟むと別の原因で命取りになるのでは?という事が思い浮かんできた。
あまりの寒さで身体が大きく震え、その振動がタンクに伝わるのである。
震えてるのは足だけではなく肩、腕、膝と全身が寒さで震えだした。
タンクを挟まないと危険。 でも挟んでも危険。
グリップをしっかり握らないと危険。 でも握っても危険。
どうしろっつーんだ!!
休憩する場所も見つからないし、ここからはもう自己暗示をかけるしかなかった。
『おい、ともひろ、お前はすごい男だよ。 こんな見知らぬ所を大雨の中一人バイクで走ってるんだぜ!?
お前はすごいよ! こんな事会社の連中ができると思うか? いいや、できないね。 お前だからこそ出来るんだ!!
おい、ともひろ、お前は暑いのが嫌いじゃないか。 真夏になるとここは40度を越すんだぜ?
そんなアスファルトも溶ける真夏と、雨で冷え切った真冬、どっちがいいんだ? 答えは後者だろ?
そう考えれば神はともひろに味方したって事じゃぁないのか!? な? そうだろ?
おい、ともひろ、お前はまだ死にたくないだろ? この苦難を乗り切ったらムチムチのオージーを喰い放題なんだぜ!?』
俺:「おい、それは本当だろうな!?」
『ああ、本当だ。 俺が信じられないかい? 自分でも薄々分かってると思うが、お前は31才のおっさんにしては顔は若いだろ?』
俺:「ああ。」
『さらに! 欧米人達はアジア人の年齢なんて見抜くのは難しいんだ。 それは昨日のユーレカでも体験しただろ?』
俺:「おう、そうだ。」
『よく考えてみろ。 日本は中韓と違って、[世界に好印象を与えてる国]の世界調査では、毎年ベスト3に入るくらい印象がいいんだ。
そんな日本人が一人旅をして、バイクに乗って、ライオン頭で、太ってなくて、オーストラリアの綺麗な景色を見に来た。
おい、こんな良い日本人をオージーが放っとくと思うか!?』
俺:「思わない。」
『お前はまだ生きなくちゃぁならない。 オージーの子供は可愛かっただろ? って事はだ、オージー+オージーであんなに可愛いなら、
ともひろ+オージーはどれだけ可愛いんだよ。 な!? 生きるしかないだろ。』
俺:「おう! きっと超可愛い!!」
やがてシティリンクのフリーウェイは終わった。 Geelongに到着したのだ。
しかしGeelongの端っこなので、街らしい街は見当たらない。
ここからは国道B100のGreat Ocean Roadを目指す。
ここでまた問題が。
あんな大雑把な地図では分からない為案内標識を頼り進んでいたが、それがさっぱり無くなった。
このままこの道を真っ直ぐ進んでもいいものか。
雨は若干小降りになった。 俺はまだ生きてる。
そういえばずっと小便を我慢していた。 もう何度目かは分からないが立ちションをする。
はっきり言って道行く車からは丸見えなのだが、そんな事はどうでもいい。
立ちションついでに一服していたら、一台の車から女が降りてきてGreat Ocean Roadはこの道でいいのかと聞いてきた。
アジア系の女か・・・。
すまない、俺も分からないんだ。
時計を見ると13時半を過ぎていた。 まだ3分の1しか進んでいない。
とりあえずこの道を真っ直ぐ進む事にした。 しかし今俺はどこにいるんだ・・・。
直感を頼りに走っていたら標識にB100の文字が。
助かった・・・この道であってたんだ。 良かった・・・。
しかし制限速度は変わらず80~100km/hの標識が。 これじゃフリーウェイと変わんねー!
また自己暗示やるのかよ。
雨は若干弱まっているけど、大草原からの横風は容赦なく吹き付ける。
しかも今片側1車線なので俺も100km/h近くで走らなければならない。
さらにGreat Ocean Roadに入ってからは道がウネりだした。
まじで怖すぎる!!
Torquayまで来た時点で体力の限界。 まだ3分の2以上ある。
何度も戻ろうかと思ったが、さすがにあの大雨フリーウェイをまた体験する気にはなれなかった。
何で車にしなかったのだろうか、何度も大後悔したが前に進むしかない。
『諦めたらそこで試合終了だよ』
Torquayを過ぎた辺りから雨は止み、冬の太陽が顔を出してきた。
しかしダウンは雨を思いっきり吸い込み、重く冷たく俺の身体に身に付いている。
ダウンだけでなく、中のロンティーも靴下もパンツまでもが水を吸い込んで体温を下げている。
道は完全にウネウネ曲がりくねり急カーブが連続する。
こうなると速度も自然に落ちるが、あまり遅いと日が暮れてしまうのも心配だ。
真冬のオーストラリアの日没は16時半~17時頃とみていいだろう。
Angleseaを過ぎた辺りで気が付いた。
海だ!! 南極海だ!!
少しだけ奇声を上げて、写真を撮って一服した。
空は晴れているがすぐ近くに黒雲がある為油断ならない。 |