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 06.10.18 第3回「キモス!廃線散策!!」

東京都港湾局 晴海線

東京都港湾局専用線は、かつて東京港に敷設されていた東京都港湾局運営の専用鉄道である。貨物輸送のトラックへの転換に伴い、1989年(平成元年)までに全廃となった。
晴海地区の接収が解除されると、晴海運河を晴海橋梁で越えて晴海埠頭まで晴海線が建設され、1957年(昭和32年)12月17日に深川線分岐 - 晴海埠頭間が開通した。晴海線も、開通時は国鉄の機関車による運行であった。晴海地区では、小野田セメント、日本水産、日東製粉の3社が専用線を分岐しており、豊洲同様に第三者使用も行われていた。晴海線の主要な貨物は、新聞巻取紙、輸入小麦、大豆、セメント、雑貨などであった。

今回の散策は失敗で、晴海線は豊洲・晴海地区の開発に伴いほとんどは撤去、もしくは工事中で散策不可の状態でした。
下調べをしなかった自分が悪いのですが、かなり残念です。

まずは関係ないところから。
東京メトロ有楽町線の豊洲駅を出てすぐのところ。
写真中央のコンビニは、日本でのセブンイレブン第1号店です。
なので記念にパシャリ♪

開発が著しい東京ベイサイド。
高層ビルやマンションが次々と建てられています。
昔はこの辺りは陸地ではなく浜辺でした。
子供の頃はアサリやシジミをよく採ったものです。
しかし時代という波には勝てません。

あぁぁ…あんなに大きなクレーンを乗せちゃって。
豊洲は初めて降りたのですが、とても綺麗に開発されているところです。
20世紀漫画でよくある理想の21世紀…とまではいきませんが、そんな感じでどんどん新しい建物ができていきます。

歩く事1時間強(迷わなければ10分)、やっと見えてきました「晴海橋」です。
逆光になって綺麗に撮れてませんが、乱立する新しい高層タワーの群れにポツンと残されています。
正面左に見えるのは生コンのセメント工場です。


この鉄橋をどうしても歩いて渡りたかったのですが…鉄橋の両端とも柵で遮られている為、侵入は無理でした。
すぐ横には自動車と歩行者の為の綺麗な橋が架けられています。
ここをディーゼル機関車が走っている光景をぜひ生で見たかった。

下は海に注ぐ運河なのですが、美しいアーチも塩害と排気ガスには勝てず、錆とタールに犯されていってます。
湾から吹いてくる風には、微かに潮の香りが混じってきます。

この写真はアーチの具合がよく分かります。
この橋を使う事はもうありませんが、当分撤去する事もないようです。
撤去するだけで数十億円かかるらしく、使わない物に金を出す事はできないというのが東京都の考え方です。

橋から先に部分は草木が生い茂っています。
鉄柵が張り巡らされており中には入れません。
乗り越えるのは簡単そうでしたが、すぐ近くに生コンの作業員がいた為に断念しました。

足尾銅山とは違う雰囲気の鉄橋。
都会の中にある廃線もなかなかいいものです。
あのアーチをもっと近くから撮りたかった!

横や斜めからではなく正面から撮りたいものですね。
今回は平日に行ったのですが、夜間や週末なら作業員がいなくて柵を越える事ができるかもしれません。

晴海線は鉄橋だけでなく、その先の晴海埠頭まで続いています。
が、今は95%撤去されて見る影もありません。
何とか残骸でも…と思い埠頭の奥へ進んでいったのですが、とうとう見つかりませんでした。
橋と埠頭の間の公園横にはヤードが存在していたのですが、今は土が盛られて線路はありませんでした。
そのうちそこにも高層マンションが建つのだと思います。

泣きながら帰ろうと思っていた時、橋の上から線路跡を発見しました。
しかし埠頭の中でリフトやトラックが出入りしていた為、「線路跡の写真を撮らせてください。」とは言い出せず諦めました。
ちょうど写真中央の木の辺りですが…この画像では全く分かりません。

最後に…この写真の中央向こう岸にお台場の観覧車が見えました。(この写真では分かり難いですが。)
東京都港湾局専用線は晴海線、越中島線、豊洲線、深川線と多数あるのですが、そのほとんどは見る事ができなくなってしまいました。
晴海線なんかは去年の11月くらいまではビルの谷間の線路跡などがあったようですが、レポートするのが遅すぎたようです。
今回の晴海線レポは悔しさと疲れだけが残りました。

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